〔判例を読む〕政教分離訴訟
今回は、政教分離について争われた訴訟について、判例をみてみましょう。
そのまえに...
政教分離を争う訴訟形態としては次の二つが考えられます。
住民訴訟
客観訴訟なので原告適格と権利侵害に関する関門がないというメリットがある。デメリットは自治体の機関や職員の行為に限定されるということ。
国賠訴訟
自治体だけでなく対国家機関訴訟が可能というメリットがある。相手が総理大臣でも争える。デメリットは原告適格と権利侵害の構成、立証が難しいため、憲法判断が行われないまま請求が棄却される可能性が高い。権利侵害に関して宗教的人格権や、間接的強制(心理的強制)をめぐる議論が続いている。
そのほか、神社が遺族の意向に反して合祀を行っている場合には、神社を被告とする民法709条に基づく訴訟も考えられるが、私人間に宗教的人格権が認められるかという困難な問題がある。
地鎮祭と玉串料の支出
津地鎮祭訴訟上告審
最大判S52.7.13
三重県津市の主催により、市体育館の起工式が神職主催のもとで神式に則る地鎮祭として挙行され、市は神官への謝礼・供物代金などの費用7663円を公金より支出したことにつき、憲法20条、89条に違反するとして、地方自治法242条の2に基づき被告に対して損害補塡を求めた住民訴訟。
政教分離規定は制度的保障であるか
本判決は、「政教分離規定は、いわゆる制度的保障の規定であって、信教の自由そのものを直接保障するものではなく、国家と宗教との分離を制度として保障することにより、間接的に信教の自由の保障を確保しようとするものである」と説示した。
すなわち、政教分離は個人の権利を保障するものではないことと、制度的保障としての政教分離に反するのは、国の宗教的活動一般ではなく政教分離の核心部分を犯した場合のみであることを示している。
政教分離についての違憲審査基準
「政教分離原則は、……国家が宗教との関わりあいを持つことを全く許さないとするものではな」いとの理解を前提に、目的効果基準と呼ばれる基準を示した。
目的効果基準は、「宗教とのかかわり合いをもたらす行為の目的及び効果に鑑み、そのかかわり合いが」日本の社会的・文化的な「諸条件に照らし相当とされる限度を超えるものと認められる場合にこれを許さないとするもの」である。
少数意見で高橋裁判官は、次のように批判する。①原則は政教の完全分離であるのに、多数意見は「国家は実際上宗教とある程度のかかわり合いを持たざるを得ないことを前提としている」点で原則と例外が逆転している。②政教分離原則は厳格に遵守されるべきであるのに、「社会的・文化的諸条件に照らし相当とされる限度」、「社会通念に従って、客観的に」というように現実の姿の判断を尺度としている。③目的効果基準は曖昧な明確性を欠く基準で、判断過程の際の諸条件をどのように判断するのか明らかでない。いわば「目盛のない物差し」である。
尾崎裁判官は、国家と宗教の完全分離を原則とし、完全分離が不可能であり、かつ、分離に固執すると不合理な結果を招く場合に限って、例外的に国家と宗教のかかわり合いが憲法上許容されるという基準をとるべきだという。このとき、宗教性のない代替手段が存在せず、他の憲法的価値を侵害する恐れもなく、政教分離原則の除外例として特に許容するに値する高度な法的利益が明白に認められなければならないとする。
(※ 高度な法的利益について。学問の自由を実質的に保障していくことについて、特定の大学との関わりを国が避けると、その特定大学の学問の自由が侵害される場合がある。)
愛媛玉串料訴訟違憲判決上告審
最大判H9.4.2
県の公金から靖国神社の例大祭において玉串料として45000円、みたま祭において献灯料として31000円、愛媛県護国神社の慰霊大祭に供物料として90000円が支出したことが、憲法20条3項、89条に照らして違法な財務会計上の行為に当たるとして、地方自治法242条の2第1項4号に基づく住民訴訟(損害賠償代位請求訴訟)。
判断枠組みについて
津地鎮祭事件で示された目的効果基準が採用されたが、ここでは違憲とされた。
「特別の関わり合いを持つ」や「特定の宗教への関心を呼び起こす」と言っていて厳格化したものと見られる。また、エンドーストメント(国家行為が特定の宗教を推奨するメッセージ性を持つものかどうかを問題とするもの)やレモンテスト(過度のかかわり合いを重視)を意識したといえる。
(園部意見)園部裁判官は客観性、正確性、実効性に疑問があるとして目的効果基準を支持しなかった。89条に違反するものであり、この一点において違憲と判断すればよいという。すなわち、公金の支出が89条に違反することが明らかであるので、20条3項に違反するかを判断する必要はないという。
各事件の宗教性について
儀式自体
玉串 > 地鎮祭
- 玉串 靖国神社の例大祭に対して奉ぜられるもの。例大祭は祭礼の中でも重要な意義を持ち、もっとも盛大な規模で行われる。(被告側は、遺族会の支持を得るための選挙目的だったという)
- 起工式 土地を鎮めるという宗教的な起源はあるが、時代の推移によって希薄化しいまや習慣化した建築上の儀礼。
関与の仕方
玉串 < 地鎮祭
- 玉串 靖国神社に対して寄付しただけで神社を運営しているのは知事ではない。
- 起工式 市長がプロの宗教家を呼んで、プロの宗教家が主宰した。
判決では、玉串料等の奉納は、「起工式の場合とは異なり、時代の推移によって既にその宗教的意義が希薄化し、慣習化した社会的儀礼にすぎないものになっているとまでは到底いうことができ」ないという。この点が、「特別の関わり合いを持つ」「特定の宗教への関心を呼び起こす」という評価につながったと見られる。
市所有地の使用
北海道砂川政教分離訴訟上告審
最大判H22.1.20
市の住民である原告らが、砂川市がその所有する土地を神社施設の敷地として無償で使用させていることは、憲法の定める政教分離原則に違反する行為であって、敷地の使用貸借契約を解除し、同施設の撤去及び土地明渡を請求しないことが違法に財産の管理を怠るものであるとして、被告に対し、地方自治法242条の2第1項3号に基づき上記の怠る事実の違法確認を求めて出訴した事件
判断枠組みについて
「信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えて憲法89条に違反するか否かを判断するに当たっては,当該宗教的施設の性格,当該土地が無償で当該施設の敷地としての用に供されるに至った経緯,当該無償提供の態様,これらに対する一般人の評価等,諸般の事情を考慮し,社会通念に照らして総合的に判断すべきものと解する」とし、
↓(あてはめ)
「本件利用提供行為は,市が,何らの対価を得ることなく本件各土地上に宗教的施設を設置させ,本件氏子集団においてこれを利用して宗教的活動を行うことを容易にさせているものといわざるを得ず,一般人の目から見て,市が特定の宗教に対して特別の便益を提供し,これを援助していると評価されてもやむを得ない」とした。
なお、本件利用提供行為は「もともとは小学校敷地の拡張に協力した用地提供者に報いるという世俗的,公共的な目的から始まったもの」だが「明らかな宗教的施設といわざるを得ない本件神社物件の性格,これに対し長期間にわたり継続的に便益を提供し続けていることなどの本件利用提供行為の具体的態様等にかんがみると,本件において,当初の動機,目的は上記評価を左右するものではない」としている。
ここでは、目的効果基準それ自体は使用されなかった。そして、20条1項と89条のみで、20条3項は出てこない。